小説の書き出しのコツ|冒頭8パターンの例文と名作の一文
小説の書き出しで読者をつかむコツは、最初の数行で 「この人は誰か」「何が起きそうか」のどちらかを気にさせる ことです。そのための型は、次の8つに分けられます。
- 事件の真っ只中から始める
- 謎を投げる
- 断言で始める
- 語り口で始める
- 時と場所から始める
- セリフから始める
- ギャップで始める
- 世界のルールをひとつ見せる
型ごとに、そのまま真似できる例文を並べます。型2〜5には、青空文庫で読める名作の書き出しもあわせて引用します。
書き出しで決まる3つのこと
どの型を使っても、読み進めてもらえる書き出しには次の3つがそろっています。
- 知りたいことが残る:情報を少しだけ渡し、全部は渡さない
- 気になる人物がいる:最初の数段落で、誰かに興味か共感を持たせる
- 何かが始まる予感がある:結末は明かさずに、「この先、何かが起きる」と感じさせる
もうひとつ、最初の数行のうちに「誰の目線で語られている場面か(視点人物)」をはっきりさせておくと、読者が迷いません。
型1:事件の真っ只中から始める
物語を順番に語らず、すでに動いている緊迫した場面に読者を放りこみます。
三本目の路地を曲がったところで、ヒールが折れた。背後の足音は止まらない。
彼女が誰で、なぜ逃げているのかは書いていません。それでも読者の頭は勝手に空白を埋めはじめます。
- 向いている話:ミステリー、サスペンス、アクション。物語に緊迫した場面があるなら、それを先頭に持ってきます。
- 注意:経緯は、緊迫した場面がひと段落したあとに短く補えば足ります。
型2:謎を投げる
答えの出ていない問いを、最初の一文に置きます。
私は、その男の写真を三葉、見たことがある。 ——太宰治『人間失格』
「その男」とは誰か、なぜ写真を三葉なのか。読者は答えを探しながら読み進めます。
あとで知ったことだが、あの日カフェで彼と会ったのは、偶然ではなかった。
- 向いている話:ほぼすべて。とくに一人称の語り。
- 注意:疑問文にする必要はありません。「あとで知ったことだが」「もしあのとき」のような書き方で、語り手だけが結末を知っていると匂わせるほうが効きます。
型3:断言で始める
主人公の感情や決意を、短い一文で言い切ります。
メロスは激怒した。 ——太宰治『走れメロス』
この短い一文で、主人公の名前と、物語を動かす感情がわかります。読者は「なぜ怒っているのか」を知りたくなります。
今日、私は会社を辞める。上司にはまだ言っていない。
- 向いている話:主人公の目的がはっきりした話、勢いで読ませたい話。
- 注意:言い切った感情の理由は、次の数行ですぐに示します。
型4:語り口で始める
語り手の口ぶりそのものを、読者を引き込む材料にします。
吾輩は猫である。名前はまだ無い。 ——夏目漱石『吾輩は猫である』
語り手が猫で、尊大な口調で、しかも名前がない。一行で、語り手の立場とおかしみが伝わります。
先に言っておくが、私は善人ではない。謙遜でも何でもなく、月曜朝の満員電車が憂鬱なのと同じくらい、ただの事実だ。
- 向いている話:一人称の語り、ひねくれた主人公、コメディ。
- 注意:語り口は言葉づかいだけで決まりません。その人物ならではのものの見方がにじむと、語り手のキャラが立ちます。一人称と三人称の使い分けは一人称と三人称の違いは?にあります。
型5:時と場所から始める
いつ、どこの話かを最初に置き、静かに場面を立ち上げます。
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。 ——芥川龍之介『羅生門』
時刻、人物、場所、天気が二文に収まっています。説明を並べず、門の下で雨やみを待つひとりの人物を置いて止めているので、「この下人はこのあとどうするのか」が気になります。
閉店後の商店街は、シャッターの降りる音だけが続いていた。駅前の古本屋だけが、まだ明かりをつけている。
- 向いている話:文芸寄りの話、雰囲気を大切にしたい話、時代もの。
- 注意:視覚だけで書くと平板になります。最初の数行に、音や匂いなど視覚以外の感覚をひとつ入れます。
型6:セリフから始める
最初のセリフで、人物の性格と関係を同時に見せます。
「また遅刻」 「遅刻じゃない。そっちが早すぎるんだよ」 「あんたが遅れるのがわかってるから早く来たの。なのに、その予想よりさらに遅い」
説明はひとつもありませんが、二人が気心の知れた仲で、片方があきれていることがわかります。
- 向いている話:キャラもの、日常もの、ラブコメ、バディもの。
- 注意:読者が知らない固有名詞をセリフで交わさせない(「例の第三段階は始まったのか」)。前提を何も知らない読者には、意味のわからない会話になります。セリフの書き方は小説のセリフの書き方へ。
型7:ギャップで始める
一緒にあるはずのないものを並べます。
結婚式は晴天の下で行われ、誰もが笑っていた。花嫁も笑っていた。とてもきれいに笑っていた。ただ、彼女の左手首の痣が昨夜できたものだと知っているのは、私だけだった。
晴天、結婚式、笑顔。その最後に痣をひとつ置くと、前の明るさがすべて裏返ります。
- 向いている話:ミステリー、社会派、表と裏の落差を描く話。
- 注意:先に置く「普通」を丁寧に書くほど、ひっくり返したときの衝撃が大きくなります。
型8:世界のルールをひとつ見せる
その世界にしかない、小さく具体的なルールを最初に出します。
この町では、どの家も戸口に灯りをひとつ吊るす決まりがある。夜道を照らすためではない。暗がりにいるものは、光をまとった人間を食べないからだ。
三文で、怪物がいる世界で、人間がすでに身を守る方法を持っていることがわかります。
- 向いている話:ファンタジー、SF、異世界もの。
- 注意:主人公が朝起きて世界のしくみを説明する書き出し(「この世界の魔法は六つの系統に分かれていて……」)は避けます。設定は行動と細部の中に混ぜます。設定の作り方は小説の世界観はどう作る?にあります。
型は組み合わせてよい
ひとつの書き出しに、2〜3の型を混ぜることもできます。型7の結婚式の例は「ギャップ」と「謎」(なぜ「私」だけが痣のことを知っているのか)、型3の会社を辞める例文は「断言」と「謎」(なぜ上司に言っていないのか)を同時に使っています。8つの型は、自由に組み合わせられるパーツだと考えてください。
書き出しでやりがちな失敗
| 失敗 | 起きること | 直し方 |
|---|---|---|
| 主人公が朝起きる場面から始める | 何も起きないまま数行が過ぎる | 主人公の日常が崩れる瞬間まで時間を進める |
| 世界観や人物の経歴を説明する | まだ誰にも思い入れがないので、情報の羅列になる | 説明は、人物がそれを必要とする場面まで待つ |
| 固有名詞を一度にたくさん出す | 読者が覚えきれず、置いていかれる | 最初の場面に出す名前は2〜3個まで |
| 場面がどこなのかわからない | 読者が頭の中に絵を描けない | 最初の数行で、場所を示すものをひとつ書く |
| 誰の視点の場面なのかわからない | 読者が誰についていけばよいか迷う | 最初の段落で、視点人物の名前か「私」を出す |
書き直しの例
× 朝、目覚まし時計が鳴った。私は起きて顔を洗った。私の名前は柚木真帆。十七歳の高校二年生で、美術部に入っている。 ○ コンクールに出すはずの絵が、美術室から消えていた。締め切りは明日の朝だ。
書き直した例は型1(事件の真っ只中から始める)です。名前や学年は、このあとの場面で必要になったときに出します。
Web小説の第1話の書き出し
小説家になろうやカクヨムの読者は、タイトル・あらすじ・タグで作品の方向を知ったうえで第1話を開きます。書き出しの役目は、その約束に最初の画面で応えることです。
- 約束した展開を、最初の画面で見せる:追放ものなら追放を言い渡される瞬間から、異世界ものなら転生や召喚の場面から始めます。謎で引っぱる型を使うときも、何の話かは早めにわかるようにします。
- 主人公を最初の数行で出す:読者が誰についていく話なのかを、スクロールする前に示します。
- 第1話の終わりに「引き」をつくる:気になる出来事が起きた瞬間で話を区切り、第2話を開く理由をつくります。
書き出しが書けないときは
初稿の書き出しは、あとで書き直してかまいません。第1話で止まるときは、書き出しを完璧にしてから先へ進もうとしていないかを確かめます。
- 8つの型から3つ選び、それぞれ2〜3行だけ書いてみる
- 見比べて、いちばん続きを書きたくなるものを選ぶ
- それでも決まらなければ仮置きにして、いちばん頭に浮かんでいる場面から書きはじめ、書き出しはあとで書く
物語を最後まで書き、登場人物をよく知ってから戻ると、書き出しは書きやすくなります。小説全体の手順は小説の書き方|初心者が1作を完成させる8ステップにまとめています。
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