第4話 友達の死とミニの選択
『――おい、ぼうぼん。そんなに悩むくらいなら、強硬策は俺に任せろ』
脳の最奥、昏い闇の底から、あの低く冷徹な声が響いた。
「だめだ……! ぼくは、絶対に誰も殺させない……!」
ぼうぼんは激しい頭痛に耐えるように頭を抱え、必死に声を絞り出した。
これまで自分のことを「俺」と言ったことすらない彼は、平穏を愛する心優しい少年だ。「ぼく」という一人称が示す通り、争いなど望んでいない。
だが、国からの理不尽な命令と、弟の幸せを壊されることへの激しい葛藤が、ぼうぼんの精神の防壁をガタガタと崩していく。その心の隙間を、待ってましたと言わんばかりに『B』がこじ開けてきた。
『お前が「ぼくにはできない」と泣いている間にも、国はお前たちを追い詰めるぞ? 綺麗事だけでミニを守れると思うな』
「う、あ……ッ!」
(ジ〜〜〜〜〜〜〜〜ン)
再び、あの不快な耳鳴りが脳内を支配する。
ぼうぼんの意識が急速に薄れ、身体の主導権が文字通りひっくり返っていく。
「ゥ゙ッッッ!!?」
短い悲鳴とともに、ぼうぼんの身体が大きくのけぞった。
次にゆっくりと顔を上げたとき、その瞳から光が消え、劉のような冷酷な光が宿っていた。
「ククク……ハハハハ!」
Bへと入れ替わった彼は、首をすくめて自身の両手を見つめ、不敵に笑う。
「やれやれ、相変わらず弱卒な奴だ。国が牙を剥いてきているというのに、まだおままごとを続ける気だったとはな……。いいだろう、国ごとねじ伏せてやる。強硬策は、この俺の領分だ」
Bは冷たい笑みを浮かべたまま、暗闇のなかで静かに動き出した――。
Bは、夜の闇に紛れて静かに移動していた。
手には、冷たく鈍い光を放つ凶器が握られている。
向かう先は、ミニが心から慕い、いつも楽しそうに笑い合っていた大切な友達の家だ。
「ぼく、ぼくは……殺させない……! やめてくれ、B……っ!!」
脳内で、必死に肉体を取り戻そうとする「ぼく(ぼうぼん)」の叫びが聞こえる。しかし、一度決意を固めたBの精神は、劉のような冷徹さと圧倒的な強さで、それを完全に抑え込んでいた。
『黙って見ていろ、ぼうぼん。これが、お前とミニが生き残るための、唯一の強硬策だ』
Bは冷たく微笑みながら、友達の部屋の窓を静かに開け、中へと侵入した。
ベッドの上では、何も知らずに健やかな寝息を立てているミニの友達の姿がある。
「ククク……無防備だな。実に見事な無警戒だ」
Bは声も立てずにベッドサイドへと近づき、凶器をゆっくりと振り上げた。三日月のように細められたその瞳には、容赦のない暗殺者の光が宿っている。
「悪く思うな。お前を生かしておけば、国はミニの命まで奪いに来る。お前の死は、あの兄弟を守るための絶対的な礎(いしずえ)だ」
「やめろぉぉぉ、Bッ!!!!」
脳内でぼうぼんが絶叫したその瞬間、Bの腕が電光石火の速度で振り下ろされた。
ザシュッ……!!!
短い肉声と、シーツが深く濡れていく不穏な音が暗闇に響く。
ミニの大切な友達は、自分がなぜ命を落とすのかすら理解せぬまま、二度と目覚めぬ眠りへと落ちていった。
「……ふぅ。これで一つ目の片付けは終わりだ」
Bは返り血を浴びた顔を拭いもせず、劉のような冷徹な笑みを浮かべたまま、死体を見下ろした。
友達が殺されたというあまりにも残酷な現実は、またたく間にミニの心を破壊していった。
「どうして……? なんであの子が死んじゃったの……?」
自室の隅で膝を抱え、ミニは暗い瞳でブツブツと呟き続けていた。泣き叫ぶ気力すら失い、完全に心を病んでしまった弟の姿がそこにあった。
そんなミニの前に、ゆっくりと影が差す。
「可哀想に、ミニ」
声をかけたのは、ぼうぼんの肉体を乗っ取ったままの『B』だった。
その口調は、劉のような冷徹さを残しながらも、今は不思議なほど優しく、包み込むような響きを帯びていた。
「ぼう、ぼん……? ぼく、もう何も分からないよ……。世界が真っ暗なんだ……」
虚ろな目で兄を見上げるミニ。
Bは静かにその場に屈み込み、ミニの小さな頭を優しく、愛おしそうに撫でた。
「分からなくていい。お前が苦しむ必要はどこにもないんだ。あの子を殺したのはこの理不尽な『国』であり、この汚れた世界だ。世界がお前のお気に入りを奪ったんだよ」
Bは、すべてが国の陰謀であり、自分たちは被害者であるかのように言葉を紡いでいく。自分が手を下したという決定的な事実を完璧に隠蔽し、世界の悪意だけをミニに植え付けていくのだ。
「国、が……?」
「そうだ。だが安心しろ。この俺が、お前を苦しめる国も、世界も、すべてを壊してやる。お前を守れるのは、世界で俺だけだ」
病みきったミニの瞳に、Bの姿が映る。
冷酷な暗殺者であるはずのBが、今のミニの目には、暗闇の中に手を差し伸べてくれた唯一の『救世主』のように見えていた。
「うん……お兄ちゃん……。ぼくをおいていかないで……。世界なんて、どうなってもいいから……」
ミニは拒絶反応を起こすこともなく、進んでBの胸へと縋りついた。
『やめろ……B、ミニを騙すのはやめてくれ……! ぼくを、ぼくを出してくれ……っ!!』
脳の奥底で、ぼうぼんが血の涙を流しながら絶叫している。しかし、その声はもう、病んでしまったミニの耳には届かない。
Bはミニを抱きしめながら、その肩越しに、脳内のぼうぼんに向けて三日月のような目を細め、勝利の笑みを浮かべた。
「ハハハ……これでいい。これでミニは、完全に俺のものだ」
国からの非情な命令。友達をこの手で葬り去ったという冷酷な事実。
それらをすべて「国の陰謀」だと偽り、Bは心を病んだミニの『救世主』となった。
Bは、自室の暗がりにへたり込むミニの前に、ゆっくりと膝をついた。
「お兄ちゃん……ぼく、もう何も見えないよ……」
涙すら枯れ果て、虚空を見つめるミニの細い肩。
その瞬間、Bは冷徹な笑みを浮かべ、容赦なく両手を伸ばした。
ガシッ、と強い力でミニの両頬を挟み込み、強引に自分の方へと顔を向かわせる。
抵抗を許さない圧倒的な力。Bはそのまま、自分の額をミニの額へとゴツンと強く押し当てた。
「が……っ、お兄、ちゃん……?」
至近距離で交わる視線。
ミニの怯えた瞳のすぐ目の前には、三日月のように細められた、Bの狂気じみた冷酷な目が迫っていた。
逃げ場を完全に塞がれ、兄の放つ圧倒的なプレッシャーに、ミニの呼吸がヒッと止まる。
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